大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所観音寺支部 平成3年(ワ)16号 判決

原告

松本珠道

右訴訟代理人弁護士

片井輝夫

仲田哲

河合怜

小見山繁

山野一郎

江藤鉄兵

富田政義

加藤洪太郎

伊達健太郎

竹之内明

被告

稲尾慈正

宝光坊

右代表者代表役員

稲尾慈正

右訴訟代理人弁護士

中村詩朗

宮川種一郎

松本保三

主文

一  被告宝光坊は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物及び別紙動産目録記載の一ないし九の動産を引き渡せ。

二  原告の被告宝光坊に対するその余の請求、及び被告稲尾慈正に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告稲尾慈正に生じた費用と原告に生じた費用の二分の一を原告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告宝光坊の生じた費用を被告宝光坊の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)及び別紙動産目録記載の動産(以下「本件動産」という)を引き渡せ。(以下、「本件建物及び本件動産」を「本件建物等」という)

第二事案の概要

原告は、被告宝光坊の住職・代表役員として本件建物等を占有していたにもかかわらず、被告らが、平成二年五月二日ころ、実力をもって右占有を侵奪したと主張して、占有訴権に基づきその引渡を求めたところ、被告らは、右事実を全面的に争った事案である。

(争点)

一当事者適格と占有の有無

(被告らの主張)原告は、かつて被告宝光坊の代表者(法人の占有機関)として、同被告所有にかかる本件建物等を管理・所持していた者であって、独自の占有を有しないから、原告適格がない。(法人の機関に占有訴権がない旨の最高裁判所昭和三〇年(オ)第二四一号・昭和三二年二月二二日判決・判例時報一〇三号二〇頁参照)

また、被告稲尾は、現在被告宝光坊の代表者であり、占有機関に過ぎないから、本件建物等につき独自の占有を有せず、被告適格がない。

(原告の主張)

1  日蓮正宗においては、住職は、その在任期間中に限り、その地位に伴う慣行上の権限に基づいて当該寺院に居住して使用することができる権限がある。この権限に基づき、原告は本件建物等を占有していたもの、被告稲尾は現在これを占有しているものである。

2  仮に、原告が機関占有者に過ぎない場合でも、当該法人である被告宝光坊からの引渡請求権の存否を争っているときは、自己のためにする意思をもって占有している直接占有者である。

二被告らの占有侵奪(原告の占有放棄)の有無

第三当裁判所の判断

一当事者適格について

給付訴訟では、自己の給付請求権を主張する者が原告適格を有し、原告によってその義務者と主張された者が被告適格を有するところ、本件占有回収訴訟において、原告は、原告が本件建物等の占有回収請求権がある旨、被告らがその義務者である旨主張していることが明らかであるから、原告及び被告らの当事者適格ともその要件に欠けるところはない。

被告らの当事者適格に関する主張は、原告及び被告稲尾には独自の占有がなく、本案の理由がないとの主張と解されるので、以下検討する。

二原告及び被告らの占有について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人香川滋隆、被告稲尾、弁論の全趣旨)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告宝光坊は、日蓮正宗に、包括された宗教法人である。本門寺の塔頭(八カ寺)の一つであり、檀家数が四十数世帯という規模の小さい寺院である。

被告宝光坊の宗教法人規則第八条一号の規定によれば、「代表役員は、日蓮正宗の規定によって、この寺院の住職にある者をもって充てる。」とされている。

(二) 原告は、昭和四八年に日蓮正宗管長から、本門寺塔頭の奥之坊の住職に任命され、奥之坊に居住していたが、さらに、昭和五一年一〇月一八日、被告宝光坊の住職にも任命され、同時に、右宗教法人規則により被告宝光坊の代表役員となって、本件建物等に対する管理・所持を開始した。

原告は、同日から昭和五七年三月ころまで、宗教行事等のないときは施錠をして本件建物等を直接所持し、同月ころから平成二年四月一二日ころまでは、訴外香川慈隆を本件建物に居住させて、同人を通じて本件建物等を間接的に所持していた。

(三) 被告稲尾は、昭和二一年に被告宝光坊の住職に任命されて、本件建物に居住していたが、昭和三六年に併せて本門寺塔頭の上之坊の住職に任命された。兼務住職の場合、本門寺の塔頭では格式の高い方の塔頭に居住する慣例があったので、本件建物を退去して上之坊に転居した。その後在家の夫婦を留守番役も兼ねて本件建物に住まわせたことがある。昭和五一年に原告と交代する形で被告宝光坊の住職を免ぜられた。

(四) 原告は、昭和五七年四月五日、日蓮正宗管長としての阿部日顕より、教義上の異説を唱えたとして擯斥処分(僧籍剥奪)を受けた。右管長は、右処分により、原告が被告宝光坊の住職・代表役員の地位を失ったとして、その後任住職として被告稲尾を任命した。

そして、被告宝光坊(代表者被告稲尾)は、原告に対し、本件建物の明渡しの訴えを提起した(高松地方裁判所丸亀支部昭和五七年(ワ)第一六九号建物明渡請求事件、以下「第一六九号本案事件」という)。

原告は、擯斥処分事由の効力を争い、宝光坊の住職・代表役員として本件建物の占有権限があることを主張し、原告の占有意思を明確に被告宝光坊に表示していた。右訴訟で、原告が本件建物を占有していることは当事者間に争いがなかったが、被告宝光坊は、無権限者としての原告が本件建物を占有していると主張していた。

右訴訟は、日蓮正宗の教義、信仰と密接に係わることがらであり、その実質において法令の適用により終極的に解決することができないとの理由で、平成二年二月二一日、訴え却下の一審判決があり、被告宝光坊は控訴した。

(五) 訴外香川慈隆と被告宝光坊間の当庁昭和五七年(ヨ)第一八号建物明渡断行仮処分事件(以下「第一八号仮処分事件」という)につき、原告も利害関係人として訴訟参加し、和解が成立した。その要旨は、右当事者及び原告は、訴外香川が原告の占有補助者として、本件建物に居住しこれを使用していることを確認し、第一六九号本案事件の判決の帰趨に従い占有関係を移転することに合意した。

(六) 訴外香川は、第一六九号本案事件の一審判決で被告宝光坊が勝訴しなかったのを機会に、松山市内で出張所開設のため転居することとし、平成二年四月一二日までに、原告に対し、本件建物を明渡し、かつ、施錠したうえその鍵を原告に渡した。その後、原告は、本件建物を直接管理し、一か月毎に信者をして掃除などさせていた。

(七) 被告宝光坊は、現在、その代表役員である被告稲尾を占有機関として、本件建物等(本件動産の一〇ないし一二を除く)を管理占有している。

2(一)  原告は、被告宝光坊を包括する日蓮正宗において、住職には慣行上の寺院居住権限があり、この権限に基づき本件建物等を占有していた旨主張し、これに沿う証拠(〈書証番号略〉)もあるが、右認定事実によれば、原告は、本件建物に居住したことはないから、右権限に基づく占有を認めることはできない。(また、日蓮正宗の兼務住職が兼務の寺院に居住する権限を認める旨の慣行の存在、及び被告宝光坊の住職が寺院に居住する権限を認める旨の慣行の存在については、右認定事実に照らし、疑問がある。)

(二)  被告らは、原告が被告宝光坊の代表者(占有機関)として本件建物等を所持していたものであるから、占有訴権がない旨主張し、最高裁判所昭和三〇年(オ)第二四一号・昭和三二年二月二二日判決を援用する。

ところで、占有機関(占有補助者)とは、一定の団体的関係の成員が物に対して直接的支配を行っているにもかかわらず、その団体法的な地位に基づき、団体外との関係において直接占有者と認められない者をいう。

被告らの援用する判例は、法人の代表者個人が第三者に対し、法人の占有物の占有回収を求めた事案につき、法人の代表者は法人とは別個に占有訴権がない旨判示したものであって、本件の如く、法人と代表者との間の団体内の占有回収請求事件とは事案を異にするものである。

したがって、団体内において、代表者が法人のために所持する物につき、法人から引渡請求を受け、これを争うに至った場合、社会的秩序の維持・自力救済の禁止の趣旨に照らし、右判例理論を適用するのは相当でなく、法人と代表者との間においては、代表者は「自己のためにする意思をもって」物を所持する直接占有者と認め、法人の不当な占有侵奪等に対し、代表者は占有訴権を有すると解するのが相当である。

右の認定事実によれば、原告は、被告宝光坊の代表役員として同被告のために本件建物等を機関占有していたが、右1(四)(五)認定事実のとおり、擯斥処分(僧籍剥奪)を受けた後、同被告から本件建物引渡請求(第一六九号本案事件)を提起され、これを争っていたのであるから、被告宝光坊との関係においては、本件建物等の直接占有者と認めることができる。

3  右1の認定事実によれば、被告稲尾は、昭和五七年四月五日、日蓮正宗管長から被告宝光坊の住職に任命されたが、本件建物に居住していないから、慣行上の寺院居住権に基づいて、本件建物の占有を開始したと認められない。もっとも、これに反する被告稲尾の供述(平成四年七月二七日付け調書二三項、二五項)があるが、右理由により採用できない。

被告稲尾は、被告宝光坊の代表役員として、同被告のために本件建物等(本件動産の一〇ないし一二を除く)を機関占有しているにすぎないと認められ、被告稲尾独自の占有を認めることができない。

4  右1の認定事実によれば、被告宝光坊は、現在、被告稲尾をその代表役員として本件建物等(本件動産の一〇ないし一二を除く)を占有していることが明らかである。

三被告らの占有侵奪(及び原告の占有放棄)について

1  証拠(〈書証番号略〉、証人千葉隆一、被告稲尾)によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告稲尾は、平成二年四月一〇日ころ、総代から訴外香川が本件建物に居住していないし、電動ポンプの電源も切られ水が出ない旨の通報を受けて、同月一三日ころ、本件建物に赴いた。その際、訴外香川が何処かに転居したことを確認したが、原告がその後管理していると思った。もちろん、第一六九号本案事件の裁判中なので、原告に無断で本件建物に立ち入ってはいけないことも知悉していた。

被告稲尾は、檀家から本件建物使用の可否を尋ねられ、裁判中なので最終判決が出るまで待って欲しいと答えたが、納得しない檀家もいた。

そこで、日蓮正宗宗務院(以下「宗務院」という)に対し、裁判の状況を檀家に説明するように依頼したところ、弁護士一名(第一六九号本案事件の宝光坊側の控訴審の代理人である千葉隆一)及び宗務院の書記二名(阿部、田中)が派遣されることとなった。

(二) 平成二年五月二日、本門寺塔頭の中之坊において、第一六九号本案事件の判決説明会が開かれることになった。

千葉弁護士は、檀家に対し、右裁判(訴え却下の一審判決)の趣旨、及び、本件建物等を自力で取り戻すことができないこと等を説明する予定であった(証人千葉隆一の平成四年九月二八日付け調書六三項)。

千葉弁護士と阿部書記は、平成二年五月二日、右判決説明会に出席するに当たり、事前に現状を視察するため本件建物に立ち寄った。そこで、渡り廊下の窓ガラスが割れているのを発見し、宝物等が盗難に遭っているのではないかと心配し、侵入の有無を確かめるべく各所の施錠を順次確認して行った。そして、庫裡玄関の左側ガラス戸の施錠が十分でなかったので、その戸を開け、本件建物に立ち入った。

被告稲尾は、阿部書記からの連絡で、他三名とともに中之坊から本件建物に駆けつけて本件建物に立ち入り、その中を点検したところ、本件建物内に本件動産の一ないし九があったものの、本来建物内にあるべき本件動産の一〇ないし一二他の宝物がなかった。本件建物内は人に荒らされたり、物色された形跡はなく、本件動産の一〇ないし一二他の宝物は、原告が持ち去ったものと理解できた。また、本件建物内の電気、電話、水道は解約されていた。

阿部書記らは宗務院に、千葉弁護士は上司の桐ケ谷弁護士に現状を電話で報告し、指示を待った。宗務院と弁護団とが協議して出した結論として、被告稲尾において本件建物を管理すべき旨の指示が宗務院からあった。被告稲尾はこれに従い、原告から本件建物等の取り戻しを防ぐため、当日、本件建物の鍵を付け替え、宗務院の依頼した警備員が到着するまで、檀家総代ら二名を本件建物に泊まり込ませた。そして、同月四日から約一年間、日光警備保障株式会社(本社東京)から派遣された警備員二名を本件建物に泊り込ませ、その管理を行った。

(三) 同月七日、原告の妻と奥之坊の信者数名が本件建物の掃除に赴いたところ、本件建物内に警備員がいたので、本件建物への立ち入りを巡り、警備員と口論となった。

原告は、本件訴訟代理人弁護士片井輝夫らと共に、同月一〇日、本件現場に臨み、被告稲尾に対し、本件建物からの任意退去を求めたが、拒否された。

(四) 被告宝光坊は、本件建物の占有を取得した後、その明渡請求事件である第一六九号本案事件の控訴を取り下げた。

2  原告は、千葉弁護士らが本件建物の渡り廊下の窓を破って侵入した旨主張し、これに沿う〈書証番号略〉及び証人香川滋隆の供述もあるが、証拠(証人千葉隆一、被告稲尾)に照らし、採用できない。

右の認定事実によれば、被告宝光坊の原告に対する本件建物明渡請求事件の継続中である平成二年五月二日、右事件の控訴代理人千葉弁護士らが、一部施錠の十分でなかった玄関から本件建物に立ち入った際、被告宝光坊の代表役員である被告稲尾は、日蓮正宗宗務院の指示に基づき、直ちに施錠を付け替え、警備員らに本件建物の管理をさせ、原告の退去要求に応じないのであるから、被告宝光坊は、原告の意思に反して本件建物等(ただし、本件動産のうち一〇ないし一二を除く)の所持を奪って、その占有を侵奪したと認められる。

被告らは、原告が本件建物の管理占有を放棄した旨の主張し、これに沿う証人千葉隆一、被告稲尾の供述があるが、前記証拠(これによって認定された被告らの占有取得の経緯)に照らして到底採用できない。

よって、主文のとおり判決する(なお、仮執行の宣言は相当でない)。

(裁判官馬渕勉)

別紙物件目録

所在 香川県三豊郡高瀬町大字新名字上分一〇六八番地

家屋番号 仮三二二番

種類 客殿

構造 木造瓦葺平家建

床面積 118.14平方メートル

(附属建物)

符号1 種類 庫裡

構造 木造瓦葺平家建

床面積 160.19平方メートル

符号2 種類 物置

構造 木造瓦葺平家建

床面積 36.00平方メートル

別紙動産目録

香川県三豊郡高瀬町大字新名字上分一〇六八番地

家屋番号 仮三二二番

の客殿・庫裡・物置内にある

一 客殿安置御本尊(日布上人書写)一幅

二 大聖人御影  一体

三 日興聖人御影・客殿安置 一体

四 寺院過去帳  一冊

五 御厨子  一基

六 五具足  三組

七 前机  一台

八 経机(大)  一台

九 香盤  一基

一〇 宝蔵格護御本尊(日興上人書写)一幅

一一 常住御本尊(日英上人、日応上人、日達上人書写)  三幅

一二 導師御本尊(日布上人書写)一幅

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例